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【スローに歩く、北欧の旅#19】気候危機のために、芸術と科学が手を結ぶ

みなさん、こんにちは。北欧を旅するライターの森百合子です。カボニューにつながる、北欧のさまざまな試みを紹介するこの連載。今回は気候変動に向けて歩みをともにする、アイスランドのアーティストと科学者それぞれの立場からのアプローチをお届けします。

アートと科学をつなぐ作品

アイスランド大使館でのヨハネソン大使へのインタビュー時に教えていただいたのが、作品を通じて気候変動危機を訴えるアイスランドのアーティスト、インガ・リーサ・ミドルトンさん。

大使のインタビューはこちら
https://note.caboneu.jp/n/ne4dc82fa97b3

大使館内にはインガさんの最新シリーズが展示されており、3月に開催された北極フォーラムのために来日されたインガさんと、同じくアイスランド出身で現在は東京海洋大学で研究をするインギビョルグ・ビョルグビンスドッティルさんを迎えて、アートと科学の融合をテーマに座談会が開かれました。

写真から映像作品まで作り出すアーティスト、インガさんの最新作は「Oceans in the Age of Humans(人類の時代の海)」と題した連作。作品のモチーフは、植物プランクトンとクジラです。

ぱっと見るとその美しい形状といい表面の質感といい、何らかの工芸品かな?と思えてしまうモチーフはすべて植物プランクトン。インガさんからはまず作品の説明とともに生物や科学がいかに芸術に影響を与えてきたか、アートと科学との結びつきについての解説がありました。

30年ほど前にインガさんが出会ったのが、ドイツの海洋生物学者でありアーティストでもあるエルンスト・ヘッケルによる生物画。下のスライド右にあるのが、1899年に出版された「自然の芸術的形態(Art Forms in Nature)」にあるヘッケルの挿絵です。プランクトンの姿に装飾を施したヘッケルの挿絵は、科学界では物議を醸した一方で、イギリスでは美術品として人気を博したそう。ヘッケルの作品は、1900年のパリ万国博のデザイン(スライド左)や、その後開花するアールヌーボー様式※にも大きな影響を与えたといいます。

※フランス語で「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォー。花や植物など有機的なモチーフが特徴。

「ヘッケルはその他にもさまざまな海の生物を描きましたが、私の心に深く残ったのは植物プランクトンでした」。その後、インガさんは中世の海のプランクトン研究をしているイタリアの海洋生物学者と会い、植物プランクトンが地球上の酸素の50%近くを生産し、排出される炭素の約40%を結合していることを知り驚くとともに、複雑な殻に覆われた渦鞭毛藻(うずべんもうそう)の美しい姿に魅了されます。 「植物プランクトンはまるで、浮遊する熱帯雨林のような存在なのです」。

「その後、幸運なことにオーストラリア南極局が、フィールドエミッション走査型電子顕微鏡(FESEM)を使って収集した植物プランクトンの写真を使わせてもらえることになったのです」とインガさん。FESEMは通常の顕微鏡よりも高解像度、高倍率で撮影できるのだそうです。

インガさんの作品は、シアノタイプ(青焼き)とよばれる手法で印画されています。「植物プランクトンは、海中を漂い、光合成によって成長、増殖します。 シアノタイプが生み出す深い青が海を思わせるのはもちろんのこと、太陽光(紫外線)と水を使って画像を現像する手法は、このプロジェクトにぴったりだと思いました」。

「私は現在はイギリスをベースに活動しているのですが、前作では故郷であるアイスランドの生物をテーマに作品を作り、その時からシアノタイプを取り入れています」。

19世紀に発明されたシアノタイプは、もともと建築や機械の図面の複写に使われていたもの。シアノタイプを使って史上初の写真画集を作ったといわれるイギリスの植物学者であり写真家のアナ・アトキンスの作品も芸術とアートの境界を超える作品としてスライドで紹介されていましたが、インガさんの作品とも通じるものがありました。

海のもっとも小さな生き物が鍵を握る

今回の展示「Oceans in the Age of Humans(人類の時代の海)」でモチーフに選ばれたのは、植物プランクトンとクジラ。「クジラが生息する場所には植物プランクトンの個体数が多いとわかりました。クジラの排泄物には植物プランクトンの成長に必要な鉄分や窒素が含まれているからです。 私はこの、地球上でもっとも小さなの生物ともっとも大きな生物の驚くべき関係を作品にしたいと思いました。

いまクジラとプランクトンを脅かしているのが、海のなかに放置されたマイクロプラスチックです。プラスチック汚染は、植物プランクトンの成長と光合成に影響を与えることが報告されています。植物プランクトンがいなければ、クジラは生きていくことができません。そして人間も同じく、植物プランクトンがいなくなれば滅びてしまうのです。」とインガさん。

海に関する作品制作を増やし、現在は藻類や海藻に焦点を当てているというインガさん。「アイスランド大学の協力を得て、生物多様性についての作品を制作中です。科学者と協力して、気候科学や環境学の分野で行われている前向きな研究や発見を作品に反映していきたいと思っています」。

スピーチの最後でインガさんが引用したのは環境音楽(アンビエント・ミュージック)と呼ばれるジャンルを作り気候変動をテーマにした楽曲も作成しているブライアン・イーノの言葉。「気候変動に対して科学者が提示するデータを、より人々が身近に感じ、あらゆるレベルで気候危機について考えられるようにアートやカルチャーが手助けするべきです。科学は発見し、アートがそれを消化すべきなのです」。

ここ十数年でアーティストと科学者が協働する機会が増えたと話すインガさん。「科学者とアーティストを結ぶ機関もあり、プロジェクトや対話も増えています。アーティストは科学や科学技術の新発見にインスピレーションを見出してきましたが、今後はより早い段階から科学がアートと手を組んで、気候変動という危機に向き合うべきなのでしょう」。

海洋調査で必ず行き着く深刻な問題

つづいてインギビョルグさんのスピーチでは、なぜ植物プランクトンが重要で、マイクロプラスチックが脅威であるかを科学者の立場から解説。「海洋における食物連鎖は非常に大きく、相互に連結していることはあまり知られていません。そして植物プランクトンはその基盤となり食物連鎖を支えるものです。プランクトンに変化があれば、魚から海鳥、アザラシやクジラ、ホッキョクグマにまで影響していきます」。

海洋調査をしていると必ずマイクロプラスチックによる影響に行き当たる、と話すインギビョルグさん。プランクトンが食べたプラスチックがすべての食物連鎖に影響を及ぼすこと、その深刻さについて一刻も早くデータを共有し、社会で認知し、行動につなげていくことが大事であり、「問題解決のために海洋学者も気象学者もプログラマーやエンジニアも、分野を超えて手を組むべきです」と話されました。

科学者にできることとは?

最後に「アーティストは私たちに興味をもたせ、自分ごととして巻き込んでくれます。一方の科学者は、時に人を眠くさせてしまいます……インパクトこそ重要なのです」との言葉で会場を笑わせつつ、ハリウッドのヒットメーカーであり、環境活動家としての顔ももつジェームズ・キャメロン監督について紹介。話題となった『アバター』の続編でも海洋問題がフォーカスされていることを取り上げ、「アーティストは科学を使ってきました。では科学は?科学者ももっと面白いプレゼンをして、ビジュアル的に訴えたり、人に興味をもたせることを考えるべきです」と締めくくりました。

海洋環境をめぐる、アートと科学の融合をテーマにした座談会……と聞いて最初は身構えていたのですが、お二人どちらのスピーチも芸術と科学を行き来しつつ身近な分野へと興味を広げていく内容で、とても刺激的で学びが多かったです!同じような撮影技術を使って一方はアートを作り、一方はデータを読み解くという対比も面白かったですね。また「教育の段階でクリエイティブに学び、アートにアクセスしやすい環境を作ることが大切」と二人揃ってお話されていました。

インガさんのスピーチでは最後に、有名な『ウィトルウィウス的人体図』の絵とともにレオナルド・ダ・ビンチの言葉を紹介。「芸術の科学、そして科学の芸術を学び、感性を磨くこと。物事をどのように見るかを学び、すべてのものはつながっていると気づくこと」。この夜のトークセッションはまさしく芸術と科学のつながりを感じさせ、物事の見方を変え、視野を広げてくれるものでした。

じつは登壇される前のお二人を見た時に、スーツを着ているのが科学者のインギビョルグさんで、ワンピース姿がアーティストのインガさんかな?と勝手にイメージしていました。こうした自分の先入観にもハッとさせられた夜でしたね!

インガさんの作品は3月のフォーラムを最後に日本を離れ、2023年5月から8月にかけてアイスランド第二の都市アークレイリの美術館に展示されます。この展示用にクジラは7メートルもの大きさに印画されるそうです!アークレイリはアイスランドの「北の都」と呼ばれる町。アイスランドの旅を楽しまれる際にはぜひチェックされてはいかがでしょう。

インガ・リーサ・ミドルトンさんのウェブサイト 
https://www.ingalisamiddleton.com/

アイスランドを旅している時に出会った猫さんはカメラを向けると、どんどん近づいてくるフレンドリーさ。それではブレッス(アイスランド語で、またね)!

プロフィール  森 百合子(もり ゆりこ)

北欧5カ国で取材を重ね、ライフスタイルや旅情報を中心に執筆。主な著書に『3日でまわる北欧』(トゥーヴァージンズ)、『北欧ゆるとりっぷ』(主婦の友社)、『いろはに北欧』(学研プラス/地球の歩き方)など。執筆活動に加えてNHK『世界はほしいモノにあふれてる』『趣味どきっ!』などメディア出演や、講演など幅広い活動を通じて北欧の魅力を伝えている。築88年の日本家屋に暮らし、北欧デザインを取り入れたリノベーションや暮らしのアイデアも実践中。 
HP:https://hokuobook.com
Instagram:@allgodschillun


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