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食の選択は未来への投票権。フィッシャーマン・ジャパンが目指す、海の資源をムダにしない未来

地球の約7割を占め、生物が生きていくための環境作りに大きな役割を果たしている海。海に関するトピックのなかでも、私たちの日々の食事に大きく関わるものといえば「漁業」です。

今、海洋汚染や海水の酸性化により、海の生態系に危機がもたらされています。海藻や魚がこのまま減っていけば、将来魚が食べられなくなってしまうかもしれません。

東北で新しい漁業の形を作る取り組みを続けている『一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン』は、生産者・消費者両方の目線から、「もったいない」を減らすべくさまざまな活動を行っています。

適切な量の魚を無駄にせず食べるために、私たちはどう行動していけばいいのでしょうか。
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン事務局長の長谷川琢也さんに聞きました。

長谷川琢也さん
フィッシャーマン・ジャパン事務局長。東日本大震災の後、被災地の農産物などをネット販売する企画を立ち上げたことをきっかけに、宮城県石巻市に移住。地域を活性化させ、次の世代に続く水産業を実現するため、地元の若手漁師と共にフィッシャーマン・ジャパンを立ち上げ、水産業のイメージを「カッコよく」「稼げて」「革新的な」という「新3K」に変えていくことを目指している。


「新3K」を実現し、持続可能な漁業の形を作る

──フィッシャーマン・ジャパンは“漁業をカッコよく”を掲げ、東北を中心にさまざまな活動をされていますよね。まずはどんな団体なのかを教えていただけますか?

フィッシャーマン・ジャパンは、東北三陸の若手漁師の育成や販路開拓を目的として発足した一般社団法人です。2014年、漁師や魚屋などを含めた13人で立ち上げました。
2016年にはマーケティングに特化した『株式会社フィッシャーマン・ジャパン・マーケティング』、そして2018年には水産業に特化したクリエイティブチームである『合同会社さかなデザイン』も立ち上げました。おかげさまで事業領域が広がって、今は海、水産業、漁業に関する多岐にわたるプロジェクトに取り組んでいます。

──具体的にどのような活動を?

代表的なものは、漁師の担い手を増やす「TRITON PROJECT(トリトンプロジェクト)」でしょうか。漁師になりたい若者と現役漁師のマッチングや、新人漁師のためのシェアハウス運営など、自治体・漁協・地元の漁師さんでチームになって人を育てていきましょう、というプロジェクトです。水産物のPRやブランディング、海外輸出支援など、水産業の魅力化に関わる活動も行っています。
環境への取り組みに関するプロジェクトもいろいろありますが、それは後ほどお話しますね。

──海の仕事の魅力向上のために、“新3K=カッコいい、稼げる、革新的”を掲げていますよね。後継者不足の背景として、やはり「稼げない」は大きいのでしょうか。

そうですね…。「稼げないから」という理由で弟子を取るのをやめてしまう漁師さんも多いです。昔は漁師も魚もたくさんいて、「魚が湧いてくる」なんていう言い方をしていました。無限に“湧いてくる”魚を獲りさえすれば、市場や漁協がお金に替えてくれる時代があったんです。

ただ、今は日本の人口自体も減っていますし、魚を食べる人も魚自体の数も減っています。その影響で、各漁村で重要な役割を担う組織も存続が難しくなっていたりする。なので、時代の流れに沿った形で流通や漁獲の仕方を変えていかなければいけません。どうしたら“新3K”を実現しつつ持続可能な形でやっていけるのか、漁師さんや漁師志望の若い方と一緒に日々考えています。

───持続可能な漁業のために、「とにかくたくさん獲って売る」以外のビジネスモデルを作っていくということですね。

まさに、今そういう方向に向かおうとしているところですね。

今は日本の漁業の転換期

──先ほどのお話によると、今の日本の漁業は持続可能ではないということですよね。SDGsの目標14は「海の豊かさを守ろう」ですが、日本や世界の現状はどうなのでしょうか。

今は気候変動などの影響で世界的に魚が減っていて、「魚の数や生態系を科学的に分析しながら獲ったり育てたりしましょう」というのが世界の流れです。なので、昔みたいに“湧いてくる”魚を乱獲するのではなくて、魚種ごとに制限を設けながらみんなで持続性を考えていかなきゃいけない。

日本では2020年、70年ぶりに改正漁業法が施行されて、TAC(科学的根拠に基づいて設定される漁獲可能量)による管理を行うことを規定とする形になりました。まだ十分にルールが定まりきっているとは言えませんが、ようやく国としても生態系とか環境を意識した対策に乗り出したところ…というのが現状でしょうか。

──今はちょうど転換期なんですね。

この2〜3年で、日本の考え方は変わってきました。日本は少し前まで、「先進国の中で一番漁業管理が遅れている国」と言われていたんです。世界一魚を獲り、世界一魚を食べる国であったにもかかわらず、海のことを考えていないと言われてた時代がありました。そこを変えていかなきゃね、という動きがこの数年活発に行われていると感じます。

──「適量を獲って、無駄なく食べる」をしっかりルールに沿ってやっていくために、「フードロス」「フードウェイスト」を見直すことが必要なのかなと思います。生産者側でも発生する「フードロス」の削減について、フィッシャーマン・ジャパンはどのように取り組んでいるのでしょうか。

まず、わかりやすくロスが出るのは一次加工の段階です。加工品にするときに無駄な部分を捨てるとか、商品化できないような傷物を捨てる……というものですね。それはすごくもったいないので、わかめの茎のようにこれまで廃棄していた部分を商品化して卸したり、ブランド銀鮭の端材をお得商品として販売したり、他地域で未利用魚を活用した商品開発のお手伝いをしたり、といった活動をしています。

──加工せずに廃棄する魚をなるべく減らしていく、ということですね。

ただ、漁師団体としては、数字に表れていないフードロスもきちんと見なければいけません。たとえば大きい網で魚を獲って船に揚げたとき、その段階で弱ったり死んだりしてしまう魚がいるのですが、そのような買ってもらえなさそうな魚はそのまま海に捨ててしまうことがあります。厳密に測っていないので数字には出ませんが、奪った命を無駄にする“命のロス”ではあるわけです。

フードウェイスト削減への一歩は、子どもたちへの食育

──消費者側で発生する「フードウェイスト」の削減についても、何か取り組まれているのでしょうか。

特に力を入れているのは、子ども向けの食育プロジェクトです。たとえば目黒区の小学校の給食に、無駄になりがちな部分や通常の流通に乗らないところを入れてもらう働きかけをしたり、課外授業で漁業や魚の食べ方について話す場を作っていただいたり。今は目黒区のほとんどの小学校にフィッシャーマン・ジャパンが関係している食品が届いています。

目黒区の小学校で配布している資料。2022年4月現在、目黒区内の7校と提携しており、今後は都内を中心に提携校を広げていく予定

──子どもの頃からの教育は大事ですよね。魚の食べ方は、きちんと習う機会がないとなかなか身に付かないですし…。

「子どもに魚を食べさせたい」という声は多く、データとしても高い数字が出ているんですよ。でも実際は、親世代が「捌けない」「匂いがきつい」といった理由で魚を敬遠していて、家庭で魚を食べる量が減っています。そうなると魚が食卓に上る率はどんどん減っていくし、魚料理にまつわる家族の思い出も特に生まれないので、大人になっても「魚を食べたいな」という気持ちが想起されにくくなるんですよね。なので、子どもの頃から魚に親しむのは大事だと思っています。

───たしかに、魚を捌ける人って今はかなり少ない気がします。

フィッシャーマン・ジャパンでは、新型コロナウイルスが広がり始めた頃のプロジェクトで、オンライン捌き方教室というのをやりました。飲食店が休業したことで魚が売れなくなってしまったので、それをカバーするために鮮魚ボックスをオンライン捌き方教室とセットにして販売したんです。新聞にも取り上げていただいたおかげで、結構な数が売れました。

捌き方教室でお伝えしたのは、「これだけ、自分で直接触れる食べ物はほかにあまりないですよ」ということ。たとえば、家で豚を丸ごと捌く人はほぼいないですよね。でも、魚はそれができる。内臓もうまく調理すればおいしく食べられるし、食べない部分をあら汁に活用する文化もある。本当に無駄なく全部頂戴できるよ、っていうのをお伝えするようにしています。

──小中学校の調理実習で、魚を捌く練習があるといいですよね。

本当にそう思います。この前ある小学校の資料集を見たら、農業は8ページくらい割かれていたんですけど、漁業はたった1ページ。教育の中にもっと漁業を組み込んでほしいなとは思いますね。

──魚を丸ごと一匹で食べられる人が増えれば、加工にかかるエネルギーも減ってより環境負荷が低くなりそうです。

本来、魚はすごく環境負荷が少ない食べ物です。今「ブルーフード」と呼ばれて注目されているように、養殖にかかるCO2排出量やエサにかかるエネルギーも牛や豚に比べて小さいというのがデータで示されています。さらに、食べ方を工夫すればロスを抑えて栄養に変えられる。そういった点から、今魚食は世界的に見直されているんです。国や地域によっては、魚の消費量や漁師の数が右肩上がりに増えているところもあります。

──そうなんですね! それは興味深い流れです。

ちょっと話が逸れますが、「ブルーフード」の文脈で今特に見直されているのは海藻です。もともと海藻は英語で「seaweed」と呼ばれていて、「weed」は雑草という意味なんです。でも最近は、呼び方を「sea vegetable」に変えようという動きがあります。栄養があっておいしく食べられるし、海藻が増えれば海の環境も良くなる。そういう文脈で、新しい価値が見出され始めています。

消費者として、明日からできることは?

──私たち消費者が、フードウェイストについて心がけておくべきことはどんなことだと思いますか?

日本は海に囲まれた島国で、本来みんなが海と近いところにいる。それを思い出すのが大事なのかなと思っています。昭和の頃は、漁業従事者をはじめ海関係者の数は今よりずっと多かったんですよ。当然、魚の食べ方とかどの魚に毒があるのかとか、そういう知識を持っている人も多かったはずです。でも今は生産者と消費者、都市と地方が分断されていて、多くの人にとって海が遠いものになってしまっています。

──都市部で暮らしていると、日々海の恵みを受けていることは忘れがちですよね。何か具体的なアクションとして取り入れられそうなことがあれば教えてください。

まず、毎日魚を捌いて料理して…なんてできないですよね。それはさすがにハードルが高いし、僕も無理です。なので、まずは現状を知るとか、簡単なことから始めたらいいと思います。

フィッシャーマン・ジャパンの活動の中に、「ASC/MSC」の認証サポートというのがあります。「ASC/MSC」というのはいわば海のエコラベルで、環境や社会に配慮した方法で獲ったものですよ、と証明するものです。たとえば週に1日だけは、この認証マークがあるものを選んで食べてみるとかでもいいのかもしれません。

──選び方を見直すというのは、導入のアクションとしては良さそうですね。

これはある人の受け売りなんですけど、「食の選択は未来への投票権」っていう言葉があって。持続可能な社会を作る食べ物を、今のうちからきちんと選んでいかないと、未来の子どもたちや子孫が今と同じように食べられなくなってしまいます。なので、毎食毎食の選択が未来を作る、いわば“未来への投票”のようなものである、という考え方です。

もちろん、いつもそんなふうに考えながら食べたらおいしいものもおいしくなくなるので(笑)、食べたいと思うものを食べるのが一番です。ただ、1週間のうち何食かでもそういう意識で選んでいくといいのかなって。

──無理をせず、楽しくできる範囲でやっていくことが大切ですよね。

ひとりが一日の行動を何か一つ変えるだけでも、それが集まれば大きなインパクトになります。なので100点を目指さず、ほどよく肩の力を抜きながら食べ物を選んでいくっていうのが大事なんじゃないかなと思います。

*  *  *  

「海の豊かさを守る」と聞くと壮大な話に聞こえますが、魚を無駄にせず食べるよう心がける、自分で丸ごと一匹捌いてみる、週に一度でも認証を受けた魚を選んで食べるなど、今日からできるアクションはたくさんあります。長谷川さん曰く「海の環境に関する話を聞いたあとに食べる魚はいつもよりおいしく感じますよ!」とのことで、ぜひ今夜は魚料理を食べてみてはいかがでしょうか。

※令和2年度 水産庁 水産白書 より
「我が国における魚介類の1人当たりの消費量は減少し続けています。「食料需給表」によれば、食用魚介類の1人1年当たりの消費量(純食料ベース)は、平成13(2001)年度の40.2kgをピークに減少傾向にありますが、令和元(2019)年度には、前年度より0.1kg多い23.8kgとなりました」

写真提供=一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン
取材・執筆=べっくやちひろ




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