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使って修復することが豊かな自然につながる―京都の漆屋 堤卓也さん【Think Global, Act Local #2】

「Think Global, Act Local」をキーワードに、“ローカル=地域”を拠点に環境問題に取り組む人を紹介するこの企画。
第1回目は、藍染サーフアーティスト・永原レキさんをご紹介しました。(永原レキさんの記事はこちら

第2回目の今回、レキさんからバトンを受け取ったのは、京都で1909(明治42)年から100年以上続く老舗の漆屋「堤淺吉漆店」の4代目・堤卓也さん。

実は、人の生活に密接に関わっている漆。漆を塗ることでものに耐久性が生まれ、文化財の修復にも使われています。ものを長く使い続けることは、環境を守ることにもつながる――そんな思いを堤さんに聞いてみました。

素材を育てて作る。そのサイクルを守るということ

――堤さん
漆とは、漆の木を傷つけた時に分泌される樹液です。にじみ出てきた樹液を掻き採る作業を漆掻きといいます。漆掻き職人と、この漆を精製する漆屋と、できた漆を塗る塗師(ぬし)など多くの人が漆に関わっています。
 
私がやっている漆屋の仕事は、漆掻き職人が採取したままの荒味漆(あらみうるし)を仕入れて不純物を濾して精製し、塗師の用途に合わせた漆を作ることです。

堤淺吉漆店の工房

漆は日本の気候では自生するのが難しく、人の手をかけて育てていきます。樹液が取れるようになるまで約15年の年月がかかり、その後、4ヶ月くらいかけて樹液を採取します。漆は、自分の体を守るために樹液を出しているのです。
 
樹液は、1本の木から200gくらいしか取れません。採取した後は、伐採することになります。そうすると切り株からまた新しい芽が出てきて、常に山には若い木が育っていることになるんです。
植えて、育てて、採取して、作るというサイクルを壊さなければ、枯渇しない資源であって、昔はこのサイクルが守られていました。
 
また、漆の製造過程では排水やガスなども一切排出しません。
さらに、漆を塗ることで、ものの耐久性が増します。ずっと使い続けられるけど、100%天然なので、ちゃんと自然に還る。つまり、あらゆる段階で地球に対して優しい素材といえます。

荒味漆を濾過した生漆

北海道から戻って知った、漆の面白さと現状

私は、漆屋の家で育ちましたが、継ぐ気はなかったんです。高校卒業後は、北海道の大学で畜産を学び、その後も北海道の自然の中で働きながら、サーフィンやスノーボードをしていました。
京都に帰るつもりはなかったのですが、27歳のころ、父親から手伝ってほしいと言われ、帰ることに。それから漆の精製を始めたら、どんどん面白くなってきて。
 
ただ同時に、漆の産地に行ったり、他の職人さんやお客様に会うようになって、漆の現状を知ることで、その問題の大きさに頭を抱えました。
 
漆の国内消費量は年々減っています。私が生まれた1970年代は500tくらいあったものが、今は約30tになっています。そのうち、国産の漆は1.8tくらい。このままでは、漆が産業として成り立たなくなると思いました。
 
漆の国内消費量の減少にはさまざまな理由が考えられます。戦後に化学塗料が増えてきたため、漆の需要が減少。需要の有無に伴い漆の木の減産が始まります。その影響を受けて漆掻き職人の後継者が減り、高齢化が進んでいきました。
 
時間と手間のかかる工芸のものづくりは、便利な化学塗料の登場で減少していきました。大量生産、大量消費の時代のニーズにはついていけなかったのだと思います。
一方で工芸の作り手である私たちに、時代のニーズに合わせたものづくりができなかったことも、衰退していった理由の一つだと感じています。

京都府西北部の夜久野町の丹波漆を守る漆掻き職人、山内耕祐さん

漆の文化は縄文時代からあったといいます。きっと家の近くで漆の木を育てて生活に必要なものを作っていたんじゃないかな。育てることと、採取すること、塗ることが、縄文時代から受け継がれているから、現代でも漆を使うことができるんです。
 
私の曾祖父が堤淺吉漆店を創業しました。祖父の家が工場だったので、遊びに行くと、竹とんぼにも折り紙にも漆を塗ってくれるんです。ものが壊れたら漆で接着してくれる、まるで魔法使いみたいでした。
 
この漆の歴史的な縦のつながりと、作り手や使い手の横のつながりを途絶えさせてはいけないと思いました。
 
そんな思いから2016年にスタートしたのが「うるしのいっぽ」というプロジェクト。漆の素材としての魅力と、漆の厳しい現状を少しでも多くの人に知ってもらいたいと思って、カメラマンの宮下直樹君と一緒に映像、冊子、WEBを作っています。
普段の生活の中で漆のことを気にしていない一般の人たちに、漆って実は自分たちの役に立っていて、おもしろいし、大切にしたいと思えるような素材なんだよと伝えています。

京都市右京区、臨済宗妙心寺派智勝院内にある「こども園ゆりかご」では漆のお椀を給食に取り入れている

日常のものに漆を塗っていく

10年以上前に映画を観て、オーストラリアで、木製のサーフボードや、サーフボードの原型ともいわれるALAIA(アライア)を制作しているトム・ウェグナーというシェイパーの存在を知りました。トムのALAIAは丸太を切り出して作っているので、接着剤を使っていない、100%ナチュラル。このALAIAに漆を塗りたいと思ったんです。自分が趣味でやっていたサーフィン、そして漆の活動、その両方とも自然への敬意がベースにあってつながっていると思いました。

そして「URUSHI ALAIA」ができました。また、その制作過程をプロデューサーSHIN&CO青木真と映像にして、海外で発表したものが『BEYOND TRADITION』という映画です。

URUSHI ALAIA

さらに、スケートボードや自転車にも漆を塗っています。
スケートボードは傷がつきますが、傷がついたら修復すればいい。傷が層になって、使っていくほどに味になっていきます。自転車は、鉄にも漆が塗ることができるという、漆の可能性を知ってもらうきっかけになってもらえばと思っています。
 
実は、私たちがやっている仕事の半分くらいは社寺などの文化財修復のための漆の精製です。現在当社では、国産漆の生産量の約7割にあたる1t強を使用しています。
ただ文化財というと一般の人には遠い存在なので、サーフボードやスケートボード、自転車などに、漆が持っている特徴をアイコンとして伝えていきたいと思ったんです。天然素材が使われていることで、日常のものも少し特別になり、大切に扱うようになると思っています。

工藝の森での漆の植林作業

漆は世界中の人と自然をつなぐ接着剤

京都市北西部の京北エリアで、京都市から場所を借りて、漆の木を育てて活用する「工藝の森」という活動をしています。植えて、育てて、作って、使うという行為に共感できる場所を創造していきたいと思っています。
京北エリアでは地元の木を使って、小屋を改装してサーフボードの工房を作りました。その活動を通して、参加者に楽しみながら自分ごととして捉えてほしい。体感や体験をすることが一番だと思っています。
 
ぜひ皆さんにも、ものが壊れたら捨てるのではなく、修復して使い続けることを心がけてほしいです。割れたり欠けたりしたものは漆で直すことができます。どんなものでも、その素材を作ってくれた人がいて、その先に自然があるということに思いをはせてほしいですね。
 
漆は古くから接着剤としても使用されていました。現代においても作り手と使い手など世界中の人をつなげていく。私自身も、接着剤のような存在になりたいと思っています。
 
レキさんから受け取ったバトンを次は、兵庫県神戸市の山崎正夫さんにつなぎます。
山崎さんは、大阪の間伐材を使ってカホンという打楽器を手作りするワークショップ集団「CAJON PROJECT」を立ち上げました。
カホンという打楽器をみんなで手づくりすることで、森林の資源活用方法について地域の人たちと考え、子供達に山を守る大切さを伝えています。
 
***
 
堤卓也さん、ありがとうございました!「縄文時代からつながる縦の軸と、自然、作り手の横の軸をつなげたい」という気持ちと、趣味のサーフィンを通したアクション。日常から楽しく環境に向き合うきっかけをもらいました。
 
次回は、バトンを受け取った山崎正夫さんが登場します。お楽しみに!

株式会社 堤淺吉漆店専務
一般社団法人 パースペクティブ共同代表
堤卓也さん

明治42年創業の漆屋の4代目。採取された漆樹液を仕入れ、生漆精製から塗漆精製、調合、調色を行う。1万年前から日本の風土で使われてきたサステナブルな天然素材「漆」を、次の時代に継承するべきものとして、伝統の枠に囚われない漆の可能性と、植栽の輪を広げる活動を開始する。「植える」「作る」「使う」がつながるものづくりの循環、「工藝の森」を提唱。

堤淺吉漆店 https://www.tsutsumi-urushi.com/
うるしのいっぽ https://www.urushinoippo.com/


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